自由時間手帖

JR九州

尾曲がり 猫を探して

辛酸なめ子

著者と旅のご紹介 ハロー!自由時間クラブとは?

「尾曲がり猫」の存在をはじめて知ったのは、都内の写真展でした。長崎県には、しっぽが曲がった猫がたくさん生息していて、そのしっぽが「幸運をひっかけてきてくれる」と考えられているそうです。南蛮貿易の時代に、外国船に乗ってやってきた尾曲がり猫。かわいい上に幸運を運んできてくれるとは。猫好きとしても、ぜひその姿を見てみたい……そんな思いで久しぶりに九州に向かいました。

まずは長崎の観光スポット、出島へ。江戸時代に行われていた南蛮貿易のために作られた人工島です。ねずみ退治のために外国船に乗せられていた猫が「ここは住みやすそうだニャ」と船を降りて、この界隈に居着いたのかもしれないと想像。尾曲がり猫の先祖の残留思念を感じます。
長崎の海辺には現代の外国船、ビルくらいのサイズ感の巨大な客船が停泊していて、外国人と思われる観光客の団体がぞろぞろ歩いていました。今の船は重装備で、猫が抜け出してくるスキはなさそうです。

出島を散策するのは大昔の家族旅行以来ですが、今では観光地として安定したコンテンツ力で、着物を着て撮影できるスポットとしても人気のようです。出島ラスク、出島グミ、出島パン、出島ロール、出島一口コーヒー羊羹、など出島を冠したお土産も多数。出島ブランドは強いです。出島のミニチュアには5円玉や10円玉が多数投げ込まれていました。私も、尾曲がり猫との出会いを祈念し、5円玉を投げ入れさせていただきました。

お昼の時間になったので、トルコライスの店『ビストロ ボルドー』でランチ。一見ボリューミーですが薄いカツの衣がサクサクして食べやすくて気付いたら完食。満腹感で猫を見つけた時、機敏に動けなくなりそうなのが心配ですが、おいしさの余韻に浸りました。お店が路地にあったので付近に猫がいるかもしれないと期待したのですが、姿が見つからず……。まさか長崎まで来て、長崎の猫の約8割も占めるという尾曲がり猫に会えないなんてことになったらどうしよう、と少し焦りが芽生えてきました。
この日のタクシー運転手さんがたのもしい方で、猫がかなりの確率でいるという場所にタクシーを走らせてくれました。その奥まった路地に行くと、猫の視線や気配は感じるのですが、姿を見つけられません。
「ふだんはどこにでもおるんですが、意識したら見つからんですねぇ」
と、運転手さん。
「ここはいつもいる所で、この前も7、8匹おったとですよ」と、首を傾げています。そんな運転手さんは大の犬好きだそうで、そのあと熱くボストンテリアへの愛を語っていました。
「一緒に寝て一緒に起きてメロメロです。イケメンで人間よりも言うことを聞きます」
犬をホメすぎるとますます猫が寄って来なくなる気がして、
「猫と比べると毛が固そうですね」と、ボストンテリアの写真を見せてもらいながら、さり気なく猫を持ち上げたりしていました。

続いて、頼みの綱に向かったのは『尾曲がり猫神社』。尾曲がり猫のグッズが売られ、猫の健康長寿を祈願できる神社もあるという、長崎の新名所ともいえるスポットです。中に入ると尾曲がり猫についての詳細な資料も展示。長崎県では10匹中約8匹が尾曲がり猫で全国平均の約2倍。世界的にはインドネシアに多いそうです。(尾曲がり猫が一番少なく7%という福井県も気になります)。尻尾が曲がっているのは尾椎が変形したり、数が少なくなったりする遺伝子を持っているから。尾曲がりの状態は先が折れ曲がった「曲がりしっぽ」、切れたように短い「短尾」、くるっとカールした「団子しっぽ」の三種類に分けられるとか。短い尻尾の猫は東京でも見かけるのですが、ケンカで切れたのかと思っていました。遺伝で最初から短いのなら良かったです。
この神社では、巫女さん装束の店員さんが、尾曲がり猫を見つけるヒントになる地図を渡してくださいました。
「全く出会えない、ということはないと思いますが……。どこか安全な場所にいると思います」という言葉に希望が見えました。

神社で尾曲がり猫との遭遇をお祈りし、いる率が高そうな場所に向かいました。歩いてお寺に向かう途中、猫が遠くから見ていましたが、ふつうの尻尾の猫のようでした。アルコア中通り商店街というピースフルな通りを歩いていた時も、猫が一瞬通り過ぎましたが、同じく普通の尻尾で、フェイントをかけられました。尾曲がり率8割近い長崎で、曲がっていない尻尾の猫2匹と遭遇できるなんて逆にラッキーかもしれないという話です。そのあとタクシー運転手さんが、眼鏡橋の近くで見つけてくれた猫も、尾の曲がってない猫でした。

あきらめかけた頃、ざぼん漬けのお店『くろせ弘風堂』の奥の猫用ベッドで寝ている猫さんを発見。お店の人が蒲団を持ち上げて尻尾を見せてくれましたが、短いタイプでした。名前はクッキーちゃんだそうです。飼われている状態で、しかもお休み中でしたが、ついに尾曲がり猫に会うことができました。

さらに進むと、『ジュエリースタジオ FIORETTO』の店先で、尾曲がり猫が丁寧にブラッシングされているところに遭遇! キジシロのチョビくんという名前だそうですが、すごく大人しくて尻尾をさわられてもなされるがままです。看板猫としてお客さんや道ゆく人に大人気だそうです。
ふと思ったのですが、猫には「人間の役に立ちたいタイプ」と「人間を支配したいタイプ」に二分されるのかもしれません。私などは喜んで猫に支配されてしまいますが、もしかしたら尾曲がり猫は、もともとねずみを退治するという役割で外国船に乗せられていたので、先祖代々、人の役に立てるのが嬉しいと遺伝子に刷り込まれているのかもしれません。結局猫は5匹目撃し、そのうち2匹が尾曲がり猫でした。といっても飼われている猫で、路上での偶然の出会いはありませんでしたが、なかなか一見客には姿を現さないところも神秘的です。

尾曲がり猫が幸運を引っかけてきてくれたのか、そのあとの旅程も幸運を感じることが多く、猫と会えた後は余生気分で楽しませていただきました。

観光スポットの眼鏡橋は、川べりの石垣にハート形の石がハマっているのが有名だそうですが、形状がわりと人工的で浮いていました。大人はつい、あとから作った名所では……という目で見てしまいますが、純粋そうな男子高生と女子高生の集団が石と写真を撮ったりして盛り上がっていました。近くのお土産屋さん『もてなしや』(『まちぶら案内所もてなしや2号店』)はその店名通りおもてなしマインドがすごかったです。試食のお菓子が入ったタッパーを開けようとしていると、店員さんが手伝ってくれるという……。そうやって親切なおもてなしを受けるのも、「かぎしっぽの猫」のご利益でしょうか。

さらに最高のおもてなしを受けたのが、九州でも最高峰の特別列車「或る列車」です。別名「JRKYUSHU SWEET TRAIN」で、食事の後、豪華なスイーツが次々出てくることでも評判です。
車体のデザインも凝っていて、「原鉄道模型博物館」を開設された鉄道の神様、故・原信太郎氏の模型が具現化。もともとは明治時代の幻の客車がモチーフになっているそうです。ラグジュアリーでアールデコな雰囲気の車体と内装。窓にはステンドグラスがあしらわれています。予算度外視で作られた夢のような列車に、JR長崎駅から乗車し、約3時間かけて佐世保駅に向かう長崎コースに乗車しました。上品な黄金に輝く車体もゴージャスですが、中に入るとメープル材のテーブルと肘掛け椅子が並んでいて、電車の中とは思えないほどです。窓の組子や、クラシカルな花柄の絨毯、金色の支柱に支えられた照明、天井の飾りにいたるまで視界に入るものが全て最上級の美しさで、明治時代の宮家の邸宅に招かれたよう……。しかも最初に運ばれてきた料理は天然木のランチボックスに入っていて、料理のおいしさはもちろん、その手触りにも酔いしれました。

自宅の何百倍も快適で高級感あふれる空間で、車窓に海を眺めながら、栗と葛餅のスープ仕立て、リンゴのキャラメル風味といった絶品スイーツをいただくという……。本当に尾曲がり猫に感謝してもしきれません。ちなみに忘れていましたが長崎のどこかに母方のお墓があったような……。お墓参りもせず、ひとりだけ至福の時間を体験している子孫をお許しください。

列車に乗っていると「潮の流れが激しいので時折渦潮をご覧になれます」など、絶妙なタイミングでアナウンスが流れます。電車の程よい揺れが消化を促進します。窓の外を見ると海の上に鳥たちの群れが浮いて漂っていました。また、時々水辺に、白サギが佇んでいるのも神々しかったです。猫も良いですが、鳥類もまた魅力的です。夕焼けの時間になると、ニンジンやミカンで夕焼けが表現されたスイーツが出てくるという、小粋な演出に感動しました。海が近い千綿駅では途中下車タイムがあり、乗客の皆さんは写真撮影していました。このまま一生降りたくないと思いながらも、佐世保駅に到着。

なかなか現実に戻りたくないですが、宿泊したホテル『ハミルトン宇礼志野』が、クラシカルな雰囲気で「或る列車」と地続きの、夢の続きのようで良かったです。
「或る列車」で至福を体験した次の日は、ちょっとした試練が待っていました。午後に『岳神社』というパワースポットに行くのですが、そこは階段を370段登らないと参拝できないそうです。1階12段とすると約30階ぶんです。この地を候補の一つに挙げさせていただいた時「階段が370段あるそうです」と書き添えて、選ばれるとは思っていなかったのですが……。今まで上った最大の階段数はサンシャイン60ですが、7、8年前だったのでまだ体力がありました。それにピッチも一定のビルの内階段です。『岳神社』の岳は山岳の岳。山道の階段だとどうなるか分かりません。「神社やお寺の階段は修行のため、わざと登りにくく作っているところもある」という話も聞きます。

とりあえずその時が来るまで観光地を満喫させていただきます。2日目、最初に訪れたのは武雄市の『御船山楽園』で、約15万坪の広大な敷地はところどころアップダウンもありました。ここで体力を使ってはまずいと思いながらも、美しい紅葉と池の景観に惹かれて結構な距離を歩いてしまいました。池の写真を撮影してあとで見たら不思議な青い光などが写っていました。これから山を登る一行を、池の主が励ましてくれているかのようです。

続いて近くの『武雄神社』に参拝。源頼朝が、平家との戦いの前に密使を使わせ平家追討祈願をしたといういわれがある、由緒正しい神社です。参拝の後、境内の奥に進むと樹齢3000年の大楠がそびえていました。近付くと神気がほとばしっているようです。畏れ多くて頭を下げずにはいられない、威厳に満ちたご神木。樹根の部分に空洞があり天神様が祀られています。昨日までは、猫と出会えるように、という牧歌的な祈願をしていましたが、今日は、無事に山の上の神社に参拝できますように、と祈らせていただきました。

そのあと、有田焼のおしゃれなショッピングモール『アリタセラ』で物欲で志気を高めたり、スピリチュアルな女将のいる日本料理のお店『伊万里 きくなみ』で、元宮内庁料理人の絶品料理をいただいたりして鋭気を養いました。こちらの女将は同年代だそうですが肌がツルツルで、「老化防止にはレスベラトロールが良いです」「化粧品は使わず電解水を使用しています」とかなりマニアックな知識をお持ちでした。お料理が盛られた器も素敵だったのですが、独自の審美眼をお持ちで「焼き物は、作る人の人間性が反映されます。恨みつらみを抱いている人が作ると、器に気が入ってしまいます」とのことで、お店で使っている器は作者も素晴らしい方とのことで安心です。

引き出しになっている雅な器が印象的でした。お店のご主人が平成の時の即位礼饗宴の儀の料理を担当された話など、まだまだ聞きたいことはたくさんあったのですが、時間に限りがあるので後ろ髪を引かれつつ失礼いたしました。

続いて近くの『圓通寺』に参拝。入った瞬間「カコーン!」とししおどしが鳴って驚きました。本堂の木彫りの作品など拝見させていただきました。

そしていよいよ気持ちを引き締め、『岳神社』に向かいます。喉の病にご利益があるとされているので、昨年咳が止まらない症状に悩まされた身としては、神様におすがりしたいです。鳥居をくぐり、覚悟を決めて階段を登りはじめました。ところどころ踊り場みたいな息をつける場所があり、大自然からパワーをわけてもらいながらゆっくり登ります。そして石段に使われている石の表面がゴツゴツしていて、ちょうど足つぼを刺激するので、心身が活性化する感が。何より階段を作ってくれた人がありがたい……と感謝の気持ちで登っていたら、気付いたら頂上が近くなっていて、なんとか神社に到達しました。

石の洞窟みたいな所に、木でできたシンプルなお堂があります。さらに裏側にはお地蔵さんも並んでいて一帯がパワーに満ちている感じでした。のどの神様も、よくここまで来た、と歓迎してくれている気がします。

何より驚いたのは、山頂でひとり作業しているおじいさんがいたことです。鎌を手に何か植えられているのでしょうか。作業を終えて出てきたその男性に話を聞くと、なんと御年88歳で結婚60年。何かお祝いと感謝をこめて残したいと思い、山にイチョウや紅葉などの木を植えているそうです。370段を88歳で登り降りされているとは驚異的ですが、神様のご加護があってこそかもしれません。その老紳士いわく、この岳神社の霊験はあらたかで、魚の骨が喉に刺さって取れなくなった人がお参りしたらすぐ取れたとか、声が出なくなった人が神社の境内の石を湯のみに入れて水を注いで飲んだら声が出るようになったとか、奇跡的なエピソードがいくつも伝えられているようです。その話も感動ですが、アラウンド90で山頂で植樹している人徳者の男性に出会えたというのも素晴らしい縁で、これも尾曲がり猫の尻尾が運んでくれた幸運だと感じました。老後への希望も感じつつ、やはり足腰を鍛えるのが大切だと実感しました。

東京に戻って、忙しく生活していたら、尾曲がり猫との遭遇で得た幸運ポイントが、減ってきてしまっている感があります。今度また幸運をチャージに行った時は、何匹の猫が姿を現してくれるのでしょう……。おそらく常連になるほど、猫たちが手厚くサービスしてくれる予感です。

著者と旅のご紹介 ハロー!自由時間クラブとは?