自由時間手帖

JR九州

九州で心の岩戸が 開く旅~九州ヒーリング~

辛酸なめ子

著者と旅のご紹介 ハロー!自由時間クラブとは?

東京での暮らしに疲れた時、ふと頭をよぎるのが「九州に行きたい......」という思い。「そうだ、九州行こう」的な衝動です。父方の祖父母や母方の先祖のお墓が九州にあったりして、私にとってルーツといってもいい第二の故郷であり、時々充電しに訪れたくなるパワースポットです。
これまで何十回も九州に行っていますが、まだ訪れたことがない秘境的な場所がありました。それは天孫降臨の地であると伝えられる高千穂と、世界遺産とイルカと潜伏キリシタンの聖地である天草です。九州の地図を眺めていたら、熊本を拠点にすれば両方行けるのではないかという思いが芽生え、今回、ちょっと貪欲なコースかとも思いながら一泊二日の癒しの旅をすることにしました。
早朝東京を出発し、熊本空港に到着。そこからバスで一路、宮崎県の高千穂町に向かいます。高千穂の町に入ると、空気が変わった気がしたのは、店の看板に必ず『神々の里 ◯◯カメラ』『神々の里 △△居酒屋』と表記されているからでしょうか。この地域は治安も良さそうです。

お昼は高千穂の渓谷の近くに佇む『あららぎ乃茶屋』にて、名物の鶏料理とおにぎりをいただきました。素朴で素材の滋味を感じさせてくれるおいしさです。ザーッという川の流れる音が耳から脳をかけめぐり、都会の邪気が抜けていくのを感じます。茶屋の横には、高千穂峡に向かう遊歩道がありました。雑誌の写真で見てずっと憧れていた高千穂峡。エメラルドグリーンの川、ワイルドに削られた岩、そして白くほとばしる滝など、どこを見ても絶景で逆に実感がわきません。さすがに情報中毒の私も、この高千穂峡にいる間はスマホで検索したりニュースを見ることをしませんでした。


ここは神が作られたアトラクション......真名井の滝の横を通っていくボートを見てそう感じました。若い男子3人が、ボートでわざと滝に突っ込んでいきました。若さがまぶしいです。自己保身に走る大人になってしまった私は、日焼け止めを忘れたことに気付き、渓谷をあとにしました。



神々の伝説が伝えられる天岩戸神社は、高千穂峡からわりと近い場所に鎮座していました。日本神話に書かれている、天照大神が岩戸にお隠れになって世界が暗くなったのを、困った神々が祝詞や舞などで招き出した、という伝説の場所でもあります。この神域で一瞬雨に降られました。東京から邪気を帯びた客が来た、ということで強制的に浄化されたのかもしれません。心を無にして参拝し、女性向けの天照大神バージョンのおみくじを購入したら、微妙にリアルな天照大神様のイラストの横に「マッサージが美肌の鍵」「ネイルのおしゃれで開運」といった女子力高めのお言葉が......。神様、トレンドに敏感でいらっしゃいます。


天岩戸神社の奥には「天安河原(あまのやすがわら)」という神秘的な洞窟があり、天照大神が岩戸にお隠れになった時、神様たちがどうしようか話し合いをされた場所だと伝えられています。洞窟に行くまでにも、パワースポットとして人気の橋などがあり、川も流れていて高千穂峡とはまた趣の違った絶景が展開。洞窟の祠の周辺には、無数に石が積み重ねられていました。賽の河原のような幽玄な光景です。願いをこめながら石を積み重ねると叶うと言われているそうですが、ジェンカ以上の精度でバランスを保っています。東国原元知事がこの場所でお告げを聞いて知事になることを決意したという伝説も。私は林立する小石の山に圧倒され、人々の願いの熱量の圧で前に進むことができませんでした。もし万一当たって崩してしまったら、他人の願いがぶちこわしになってしまうので恐ろしいです。よほど気力と生命力がないと、奥の祠まで行けない感じのスポット。隣にいた、家族と来た少年も中まで入れずにとどまっていました。ただ、この河原では「もっと心の岩戸を開いてごらん」というメッセージを脳内で受信した気がします。
心がオープンな存在といえば、やはりイルカです。翌日は天草でイルカウォッチングのクルーズ船に乗れるというので楽しみにしていました。しかし心配なのは天気です。太陽を司る天照大神の神社にお参りしたのできっと大丈夫だと信じていますが、雲が増えてきていて、山の上に雲がかぶさっています。心配しつつも、その光景の美しさにまた目を奪われてしまいました。白い雲と深緑の山のコントラストが神話のワンシーンのよう。雲と山と空が織りなす芸術が目の前に広がっているので、スマホなど眺めている場合ではありません。山と雲は仲が良くて、山が休みたい時には雲が包みこんでいるように見えます。山にとって雲はエステのミストのようなもの......。樹々も水分を吸収し、生気を取り戻します。ふだん芸能ゴシップばかり検索している自分にこんな思いがよぎるとは、天孫降臨バワーで浄化されてきたのかもしれません。
願いが届かなかったのか、翌日は朝から大雨でした。祈るような気持ちで、天草の「天草四郎ミュージアム」に立ち寄りました。昨日は日本の神様、今日はキリスト教の施設と、節操がないと神様に怒られそうですが......。天草四郎はキリシタンの中でカリスマ的な存在だった少年。海の上を歩いて渡ったとか、病人を手かざしで癒したとかミラクルなエピソードも伝わっています。美少年で知的で人格的にも素晴らしく、若いのに、全ての万物は一体であるという悟りの境地に至っていました。討ち死にしたのが悔やまれます。ミュージアムには、神学校「天草コレジョ」の再現コーナーもあり、そこには天草四郎よりちょっと前の時代に人気を博した天正遣欧少年使節の人形が並んでいました。この4人の少年もヨーロッパで大人気だったようで、現代の男子アイドルの元祖です。ミゲルとかジュリアンとかいう名前も萌え度が高いです。天草は美少年の宝庫でもあるのかもしれません。でも高揚しているばかりではなく、施設ではキリシタンの弾圧の歴史を勉強させていただきました。
そしてついにシークルーズの船が発着する前島港に到着。まだ雨が降り続いています。少年への罰当たりな思いを反省。しかし波は出ていないそうで船は時刻通り出発することに。クルーズスタッフのイルカ並に天真爛漫な女子に「どのくらいの確率でイルカを見られるんですか?」と聞いたら「98%です!」とのことで、その2%にならないことを切に祈ります。


40分かけて、船はイルカ頻出エリアへ。内海なのでほとんど揺れないので安心です。シークルーズでは、途中の島の解説も入るのですが、猫がたくさんいる湯島、天草富士と呼ばれている高杢島(たかもくじま)など興味深いです。ただ高杢島は裏側が削られていて、その削った資材で天草五橋が作られたそうです。インフラのために身を削った島に感動。「仲間の島たちの絆のため、体を差し出す山」という感動ストーリーに思いをはせ、目頭が熱くなりました。天草でもさらに心が浄化されていっているようです。
海に出てしばらくして気付いたら空が晴れていました。「船長がイルカのいる場所を探しています」広い海原に今のところイルカの姿は見えません。船が通詞島の近くにさしかかったら、たくさんの漁船が集まっていました。他のイルカウォッチングの船のようで、どうやらこのあたりにイルカが......。「あ〜っいた!!」と叫びが起こり、見ると波の間に間に背びれが見えます。サメとは違う薄いグレーの背びれと丸みを帯びた背中が見えました。一頭見つかると次から次へと、もうイルカの群れに包囲されているような状況でした。「こんなにいっぱいいるのにこの前見られなかった私たちって何〜」と、前回イルカを目撃できなかった2%らしい家族連れの叫びが聞こえてきました。そこからはまさにイルカ天国のような数十分でした。「イルカさ〜ん、こっち来て〜!!」と純粋な少女たちの呼びかけでまたイルカの群れが接近してきます。水族館のイルカに比べると肌つやもよく、とくに腹部の薄いピンクのグラデーションが美しく艶かしいです。中には子イルカもいて、かわいさに悲鳴が上がっていました。
イルカの群れはシンクロするように海面に浮上し、潜水していて、群れの一体感がありました。集合意識でつながっている感じです。地球と共鳴して生きる、というメッセージを受け取りました。思えば、ライバル業者のはずのイルカウォッチング船同士が連絡を取り合って一丸になってイルカのいる場所に向かう、というのもイルカの群れの集合意識の良い影響かもしれません。
競争するように泳いでいるうちにテンションが上がったのかジャンプしているイルカもいました。水族館の芸でもなく、自発的に楽しんでいるジャンプです。
「あ〜上手〜!」「もう一回!」と叫び声が。
別のイルカは、お腹を上にして逆さジャンプ。ブルーからピンクのグラデーションの腹部が目に焼き付きました。遊んでくれているのか歓待してくれているのか、イルカたちは様々なアクションを見せてくれました。「プシュー!」と音を立てて息つぎするイルカ。何かの合図か尾びれでバンバン水面を打ち付けるイルカ。そして何より印象に残ったのは、好奇心旺盛で、横向きになって目を上にして泳ぎながらこちらを見ていた子イルカです。あの純粋な瞳が忘れられません。
高度な知能を持ちながらも、無邪気に遊んでいたイルカたち。イルカはスマホも映画も本も見ないし、ショッピングもしないし家もない......そもそも退屈しないのかという疑念がありましたが、今回、瞬間瞬間を生きて楽しんでいるイルカに大切なことを教えられたようです。スマホなどの情報がなくても、テレパシーで仲間や宇宙と交信できているのでしょう。イルカはその場の波動を調整する力があるのか、近くにいるだけで心が軽くなったようです。
夢のようなアニマルヒーリングは終わり、「バイバーイまた来るね〜」と、小さい子たちがイルカに手を振っています。船は港へ帰還。海風に吹かれて心地よいだるさに浸りました。そのあとは天草の潮まねきというレストランで海鮮の昼食を堪能。タイやタコを食べているイルカのグルメぶりに匹敵するおいしさでした。


前島港近くのシュールな水族館「シードーナツ」は「わくわく海中水族館」というキャッチフレーズだけあってわくわくする要素だらけでした。実際の海中も観察できます。水槽で生きている魚を展示しつつ、魚のおいしい食べ方まで紹介。「水族館で『おいしそう』OK です!」「褒め言葉と思ってたくさん使ってください!」と言い切る貼り紙が。魚的には人類への恐怖を感じる施設かもしれません......。
ちなみにこの施設では、「イルカとハイタッチ 300 円」「イルカとふれあい 500 円」「トレーナー体験 2000 円」と、アイドルとの握手やチェキのイベントのような細かい値段設定が。天草ではイルカはアイドル的存在なのです。
次に訪れた三角西港は、明治三大築港の一つで、洗練された曲線のラインと石畳が美しいです。平成27年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭産業」として世界文化遺産に登録された、日本の偉大なインフラの礎となった場所。古い建物もカフェになっていたりして、おしゃれにリノベーションされていました。


おしゃれといえば、旅の最後に素敵な観光列車に乗れるのも大きな楽しみでした。「A列車で行こう」は「16世紀の天草に伝わった南蛮文化」をテーマにデザインされた、熊本と三角港を結ぶ人気の観光列車です。窓にはステンドグラスがあしらわれたレトロでおしゃれな内装に高揚。BGM はジャズで大人のための列車です。都内の電車が少しでも遅れるとイライラするのに、観光列車は一駅の停車時間が長くても全く苛立たないのが不思議です。むしろもっと長く乗っていたかったです。1号車のバーではビールやハイボールなどお酒が飲めて、乗客同士が談笑していました。車窓の景色も、海や山や雲々が見え、田んぼにはサギが立っていたり、まだ神話の世界が続いているようです。40分という、もっと乗っていたかったくらいの短さが、リピーターを生む流れに......。
森羅万象や神社、美少年、イルカ、おしゃれカフェや観光列車などに癒されまくった今回の旅。癒しのしめくくりは、九州新幹線の座席の広さでした。天孫降臨の九州は細部にまで神が宿っていました。


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