自由時間手帖

JR九州

宮崎・ 鹿児島の旅

久住昌之

著者と旅のご紹介 ハロー!自由時間クラブとは?

九州に飛び、宮崎と鹿児島に行った。
宮崎県は、まだ一度しか行ったことがない。調べたら1997年。NHKの『未来派宣言』という番組のレポーターとして、訪ねた。12年前か。
仕事の合間に、鬼の洗濯板を見て、お昼にラーメンを食べて、夜の宴会の最後に生まれて初めて「冷や汁」を食べた。ただの味噌汁かけご飯がなぜ名物なんだ? と思って食べたら、あまりのおいしさに自分の目がまん丸になるのがわかった。
でも、そのくらいしか覚えていない。何のレポートしたんだっけ? 忘れた。
宮崎空港は、ずいぶんイメージが変わっていた。名称からして「宮崎ブーゲンビリア空港」になっている。やっぱり東京より、あたたかい。陽射しが強い。

たしかにブーゲンビリアの花が咲いていた。だが、その下のベンチに俳優の温水洋一さんのまっ黒い全身像が座っていた。温水さんは、昔、髪の毛がふさふさしていた頃から知ってる。ついに像になっていたか。出世したな。でも「よい子はおひざにのらないでね」と注意書きが書かれ、股間に笑顔を描いた丸い板がのせられていて、思わず笑ってしまう。像になっても、温水さんだ。黒いけど、県産のヒノキ製だそうだ。もちろん温水さんも宮崎出身。

空港から青島へ。鬼の洗濯板に囲まれる、小さな島だ。
鬼の洗濯板は、記憶より水をかぶっていた。満ち潮なのか。前は岩に降りて歩いた。人間が作ったように規則的な岩の襞。やっぱり不思議。地球のやることはすごい。でも今の人は、木の洗濯板なんて知らないだろう。

青島は樹木が密。ぎっしりと緑が詰まっているように見える。その森の中央に、朱色の青島神社が建てられている。晴天だったので、青と朱と緑の対比が非日常的。おみくじやお守りがいっぱい並んでいる。「ジャングルトイレ」は超地味だった。

この神社は奥の方がいいという。前回は行かなかった。拝殿の裏の方に回ると、外から島を見たときのあの鬱蒼とした密なジャングルの中に、白い砂の道が通り、実にエキゾチック。南海のSF映画みたいでワクワクする。

その先に「天の平瓮投げ」があった。小さな薄い土器の皿に願をかけ、柵の手前から盤境に向かって投げ、入れば心願成就、割れたら開運厄除。200円で1枚買って投げた。反れて樹にぶつかって割れただけ。OK、多くを望みません。

コンパクトに見所が詰まってて楽しい。青島を出たら、お昼。日南市の『ホテル丸万』に、カツオメシを食べに行く。
カツオの一本釣りと言ったら土佐、と思っていたが、一本釣りの水揚げ日本一は日南市なんだそう。

地元料理カツオメシは、家や店によって少しずつ違うようだ。ここのは、丼の白いご飯にカツオのたたきを切って載せ、たっぷりのオニオンスライスとネギを乗せ、タレをかけ回し、刻み海苔をふりかけたものだった。マズイわけがない。カツオもタレもうまいので、白いご飯がとにかくおいしく食べられる。でかい魚の頭がドプンと入ってるあら汁は、見た目コワかったけど、汁は胃の腑にしみる美味。それにしても、ボリュームたっぷりのランチだ。

静かで眺めのいい部屋だったけど、おかしかったのは、一階下の宴会場のカラオケ大会(大会じゃないかもしれないけど)。真っ昼間なのに、ものすごい盛り上がり。しかも、若い人はほとんどいない。それが大声手拍子の大騒ぎ。いやー、宮崎のジジババ、超元気。

食事の後は『道の駅 なんごう』へ。道の駅ランキング1位になったこともあるという。行ってみると、高台にあって、眺めがとにかくすばらしい。海、山、島、空、パームツリー。ここのマンゴーはうまいらしい。ナンゴーのマンゴーはなんぼー? とか言いながら売店に行ったら、季節が終わっていて、生のマンゴーはなかった。残念。でもレストランや施設がお洒落。人気なの納得。

次は日南線に沿って北上、油津へ。古い家並みが残っている町。
堂々たる銅板ばり木造三階建の『杉村金物本店』は、今でも営業している金物店。これは圧巻の建物。店内もほぼ昔のまま。小さい引き出しがいっぱいの木の物入れ。欲しい。と思ったらお店の人が「欲しいという方、よくいらっしゃるんですよ」と。やっぱり? ですよね。

なくならないでほしいなあ、と思ったら、平成10年に、文化庁の有形文化財に登録されていた。そりゃそうか。でも現役のお店、というところが嬉しい。真鍮のドアノブとか、本気で買おうかと思った。付けるとこもないのに。裏のレンガ倉庫も文化財だが、それより倉庫の壁脇の、レンガ模様にされた自動販売機が、忍者みたいで面白かった。

この町は他にも古い立派な昔の家とか、川にかかる風情ある石橋とかあって、夕方、荷物を預けて、手ぶらで散歩したりしたら、なんともいえない旅気分を味わえそう。

さて、飫肥駅に向かい、この旅のメインのひとつ、観光特急「海幸山幸」に乗る時がきた。飫肥。読めない。おび。小さいながら、お城っぽい瓦葺きの立派な駅だ。

ホームに海幸山幸がやってきた。クラシカルなシルエットの、白い2両編成ワンマン列車。サイドの壁は板張り。そんな列車初めてだ。これはカワイイ。

乗り込む。満席。静かに和やか。指定席に行くために連結部を通ると、そこには暖簾がかかっていた。銭湯か。誰が考えたんだ。面白いじゃないか。

走り出したので、一番前に行ってみる。運転席の横まで行けるようになっている。わー、これは楽しい。子供客がいなかったので、ボクが先頭子供ポジションを取る。
山の中を単線で走っていく。ディーゼルだから電線がないのも気持ちいい。鉄橋を渡る。山間を行く。列車が傾いてぐーんと曲がる。田んぼが見える。横に川が現れる。小さな街場になる。駅に停まる。動いて、また山に入る。トンネルに潜る。抜ける。目の前の景色がどんどん変わっていく。

気がつくと、ずっとフロントガラスにへばりついていた。恥ずかしくなって席に戻る。いい歳して。みんな座ってる。でも座席も座り心地よくて、ゴキゲンだ。

そしてしばらくしたら、ジャーン、右手に海! 車内販売でマンゴーサイダーを買って飲む。甘いっ。でも顔が笑ってしまう。
キレイな車掌さん(客室乗務員と言った方がいいですね)が、くじの箱を持ってやってきた。ボクは見事に赤い玉を引き当てて、飴玉をもらいました。
観光列車って、子供に戻る。約1時間の乗車中、ほとんど幼稚園児だった。

その夜は宮崎の街で飲んだ。古い炉端焼き『川㐂』をスタッフに教えてもらい、ビールで乾杯。焼き鳥、あかほごの唐揚げなど。

そこを出て、飲食店街を歩き回り、もう一軒、ボクが見つけたカウンターだけの小さなシブイ居酒屋『とらじろう』に入る。宮崎県内でしか売ってない「霧島 宮崎限定20度」(県外では25度)をロックで飲む。夫婦でやってるこの店、アタリだった。しかも、シメで冷や汁にありつけた。うーん、やっぱりうまい!

翌日は都城へ。名前は聞くが、行くのは初めて。駅周辺を散歩してから、お昼を食べるために、『都城市公設卸売市場』へ。市場の食堂が気になったのだ。ところが残念、市場自体が休みの日だった。『中央食堂』の看板がめちゃくちゃシブくて、地団駄ふむ。

気を取り直し、前夜にそんなこともあるだろうと思って調べておいた『八ちゃん食堂』に行く。名前で決めた。

そしたら、想像以上の店構えで、入る前から感動。看板も最高。市場の食堂に負けない。ラーメン・チャンポン・うどん・ごはん・焼肉、と書いてある。入口脇に金魚の水槽が並んでいるのも、ぐっとくる。

入店。カウンター上の壁に貼られた手書きメニューの多さ。その文字。天井の扇風機。ああ、もうたまらない。ボクはこういう食堂が本当に好きなのだ。見たことない「牛の肉煮付け」を頼んでみる。牛肉とこんにゃくと豆腐とネギとニラと、東京では見たことのない薄い厚揚げみたいなのの煮物だった。こんな一品がありがたい。それと野菜炒めで、ごめんなさい、昼ビール。最後にラーメン。やっぱりトンコツだった。ウマイ。同行のスタッフが食べてた皿うどんとカツカレーも、おいしそうだったなぁ。次々に入ってくるお客さんは、近所の人や、近くで働いてる人ばかりな風で、観光客はいない。実直そうながっしりしたご主人と、黙々と働く朗らかな奥さん。この店も、大当たりだ。

さて、飯を食ったら、鹿児島に向け出発。雨の山道。

せっかくだから鹿児島の温泉に入ろうということになる。霧島連山の麓、山の中にポツンとある『霧島湯之谷山荘』の日帰り入浴に連れて行ってもらった。スタッフもボクのシブ好みをわかってくれたようだ。

よかったなぁ、露天風呂。白濁したお湯は、温度もちょうどよく、からだが柔らかく包まれるようで、いつまででも入っていたくなる。素朴で飾り気なく、鳥のさえずりが聞こえる。小雨がぱらついていたが、木々の葉が屋根になってくれ、逆に風情だ。今夜、ここに泊まりたい、と思った。

ゆったりと温泉を楽しみ、隼人駅に。ここから日豊本線で、鹿児島駅に向かう。

雨は本降りになったが、車窓から海の向こうに、大きく桜島が見えた。ここもまた特別な山だ。ありがたみを感じる。霊峰と言っていいだろう。

鹿児島駅に着き、スタッフの案内で、行ったことのない名山町へ。ここがまた昭和、戦前の建屋が連なったゴチャゴチャ感がうれしい横丁だった。まだ明るいので営業前だが、オシャレなカフェやバーもある。でも店の閉まった細い小路に雨が降る情景も、実にいいものだ。

写真を撮りながら歩き回ったあげく『スザク』というカフェに入る。この店が(いい意味で)ものすごくヘンで面白かった。
築70年の釣具屋を改装したという。約1年前オープンと知り驚いた。とてもそんな風に見えない。元の古い家を使っているからだろうが、一階で古着等を雑然と売ってることもあり、この形態でもう何十年か経ているように見える。昔と今が強引にヘンテコに溶け合ってる。靴を脱いで、スリッパで木の階段を上って二階の喫茶部へ。この空間がまた時代不明。ソファ、テーブル、灯り、どこから持ってきたんだ? というものばかり。大きなカラー市松模様の床も、軽く楳図かずおのマンガ的。

でも妙に落ち着く。音楽が流れておらず、雨の音を聞きながらコーヒーをすすると、今がいつで、ここがどこなのかわからなくなってくる。水曜日のみ、11時から13時まで「ホンダ食品」から出前が取れるようだ。いなりとか鶏めしとかおにぎり、ラーメンまで。週イチ2時間だけ。面白すぎる。
最後にこの店で、ゆっくりお茶する時間があったのは、本当によかった。やってるオバチャン、フレンドリーな人だった。オバチャンの幼馴じみさんが、たまたまアメリカから訪ねて来てたのも、話をややこしくしてて、面白かった。

いつものように、計画と、計画変更出たとこ勝負の混ざり合った旅で、驚きと笑いもたくさんあって、よかった。休日だけ運行の「海幸山幸」に乗ることができたのはラッキーだった。でも、飲んだり食べたりできてトイレもあって、運転手に気兼ねなくいつでも眠れる、電車の旅は大好きだ。

九州までは飛行機で一気に来て、そこからのんびり各駅停車旅なんてのも、絶対楽しい。2020年は、それをしたい。

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