
株主・投資家の皆さまの声を反映し、
非財務と財務とが連動した
ESG経営を推し進めていきます
取締役常務執行役員
最高財務責任者、総合企画本部長、広報部・財務部担当松下 琢磨
当社グループの使命は、事業の基盤である地域の「元気」を作ることです。私たちの成長と切っても切り離せない関係にある地域が、私たちの事業を通じてサステナブルな成長を実現しなければなりません。
言い換えれば、社会的価値をもたらす地域課題の解決を経済的な価値につなげ、当社グループのサステナブルな成長につなげていかなければなりません。そのために持続可能なビジネスモデルを構築、実行し、中長期的な価値創造を実現する。まさに、ESG経営は企業の成長に欠かせないものです。
国内外の株主・投資家の皆さまと対話する中でも、ESG経営の重要性が増していることを強く感じています。厳しいご意見をいただくこともありますが、こうした声を経営に反映させ、事業活動を常にブラッシュアップしていくことが重要だと考えています。
財務状況等については決算発表時などにご説明する機会がありますので、ここではESG経営に向けた当社グループの考え方や取り組みを中心にお話ししたいと思います。
ESG「環境」への取り組み
「スコープ3」の排出量も把握し開示
当社グループのESGの取り組みは、「JR九州グループ中期経営計画2022-2024」で定めた非財務KPIに対して、概ね順調に推移しています。
「E=環境」分野においては、脱炭素社会の実現のためのCO2排出量の開示について、グループ全体の「スコープ1、2、3」を把握し開示しております。もともと「スコープ1、2」については、現中計期間内にグループ全体での「排出量を把握する」、「スコープ3」については「算定に着手する」ことを目標としていましたが、既にグループ全体での開示まで進めています。
これからは、サプライチェーン全体を見渡した取り組みが求められると認識しており、問題意識をもってアグレッシブに取り組んできたことが実を結んだと考えています。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に基づいたシナリオ分析の範囲も、鉄道だけでなく「不動産・ホテル」「流通・外食」セグメントを対象に加えました。対象とする事業範囲は、事業活動による環境負荷や気候変動関連の影響を考慮し選定しており、これらのセグメントを合わせた、当社グループのCO2排出量はグループ全体の98%(2024年3月期実績)と大部分を占めています。また、JR九州単体での排出量の削減目標を「2030年度までに2013年度実績の半分にする」と掲げましたが、2023年3月期実績では目標の50%を上回る削減率を達成することができました。数値は電気事業者が定める排出係数によって変動しますが、方向性は見えてきたと考えています。
「攻め」の環境投資でも成果
脱炭素社会実現のための取り組みには「守り」の部分と、ビジネスとして展開する「攻め」の部分があります。「攻め」の取り組みでは、例えば「でんきの駅合同会社」を設立して系統用蓄電事業に参入しました。天候等で発電量が大きく変動する再生可能エネルギーですが、これを最大限に活用し、電力を安定的に供給するには蓄電などの需給調整が不可欠です。遊休地を活用した蓄電事業は、社会課題の解決を収益拡大につなげる好例です。また、鉄道資産を活かしたオンサイトPPAモデル※による自家消費型太陽光発電設備は既に5カ所設置し、当社施設で活用しています。
不動産関連では、省エネ対策を施した「グリーンビルディング」の認証取得を推進し、すでに4物件で取得できました。環境対策を意識し、推進する企業は、同認証を得た物件を優先的に選ぶ傾向が強まっていくと考えています。今後、九州においては環境に対して意識の高い外資系企業等の参入も期待できますので、そうした流れを捉えて、付加価値の高い不動産事業を展開していきたいと考えています。
また、脱炭素だけでなく、循環経済、水資源、生物多様性など環境全般の取り組みが重要になっています。すでに駅や駅ビルで排出されるPETボトルの「水平リサイクル」などにも取り組んでいます。
※発電事業者が、需要家の敷地内に太陽光発電設備を発電事業者の費用により設置し、所有・維持管理をしたうえで、発電設備から発電された電気を需要家に供給する仕組み。

グループ環境ビジョン策定へ
現在、JR九州グループ全体での環境ビジョンとロードマップの策定に取り組んでいます。鉄道事業においては運行のために大量のエネルギーを使用するため、脱炭素社会への移行に向けた取り組みに重点が置かれますが、多角的な事業展開を踏まえると、循環経済や生物多様性などの環境課題にも目を向けなくてはいけません。グループ総合力を活かして環境課題への解決力を発揮していきたいと思います。
脱炭素の取り組みでは、「スコープ1、2」に関してグループ全体での中間目標を設定し、「スコープ3」はグループでの対応方針を検討していきます。グループで目指すべきビジョンを明確化し、必要なKPIを定めたうえで、経済性と実効性のあるロードマップを作成する方針です。事業の持続性を維持するためにも、ビジネス機会を生み出し経済価値の向上につなげることに取り組んでいきます。
ESG「社会」への取り組み
安全・サービスを支える「社員の声」と「お客さまの声」
当社グループの事業基盤は「安全とサービス」です。当社グループでは「安全とは、あるものではなく、つくり上げていくもの」との考えのもと、これまでも継続的に改善を進めてきました。サービスについては、常にお客さまの視点で考えることを大切にしてきました。現在は「すべての方々に優しくあろう」との思いで、取り組みを進めています。
安全とサービスを支えているのは「現場の社員一人ひとりの声」です。具体的には、第一線で活躍する社員の安全に関する気づきである「ヒヤリハット」と、お客さまから直接いただくご意見や、現場でお客さまと接している社員の気づき、提案などです。「安全に関する社員の声」は年間1万3,000件、「お客さまの声」は同1万2,000件に上ります。
ヒヤリハットの提案については、社員にとって言いたくないこともあるのでしょうが、それを隠すことなく、改善のために積極的に報告してくれています。こうした企業文化を私たちみんなの力で高めていきたいと考えています。
お客さまが減少している線区の活性化と今後のあり方を議論
「まちづくり」を通じて「九州を元気にする」ため、福岡都市圏や西九州エリアのまちづくりなどを進めていますが、同時に大切なのは、鉄道事業においてお客さまが減少している線区運営をいかに行っていくのかを、地域の皆さまとともに考えていくことです。減少している線区の収支を一早く開示し、一部の線区では沿線自治体の皆さまと、線区の“活性化”を観点とした「線区活用に関する検討会」を立ち上げています。
昨年、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が改正され、ローカル線に対する社会的関心が高まっています。今後は線区ごとの役割に応じた持続可能な交通ネットワークのあり方はどういうものかを、「存廃」の前提を置かずに地域の皆さまと検討していく必要があります。既に指宿枕崎線の指宿以南の地域では議論を始める準備に入りました。新たな地域交通のモデルとして昨年運行が開始された日田彦山線におけるBRTなどを参考にした議論を、他の線区でも進めていきたいと考えています。
サステナブルな経営を実現していく“主役”は社員一人ひとりです。当社グループでは社員のエンゲージメントを高めるべく、2023年3月期からは社員全員との意見交換会を実施してきました。
2024年4月から新たな人事賃金制度を開始し、2022年度比で11.8%の賃上げも実現させています。こうした取り組みの結果、2023年度の従業員意識調査では総合満足度の数値が0.09ポイントほど上がり、調査開始以降、過去最高値となりました。今後もこの効果に満足せず、“完成形はない”という認識の下、適切なアロケーションはどうあるべきかを常に考えたうえで、社員にしっかりと報い、エンゲージメントを高めるべく不断の努力を続けていきます。
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進が課題に
非財務KPIのほとんどの項目は達成できていますが、ダイバーシティに関する目標が未達の状態です。新入社員の女性比率30%以上を目標としていますが、15.5%にとどまっています。また、女性管理職の割合を2030年度に10%以上とする計画ですが、現状では6.4%です。
当社グループの前身である国鉄時代、女性がほとんどいなかったという歴史的な経緯もありますが、それを言い訳にせず、今どうあるべきかを考え、数値目標の達成に向けて取り組んでいきます。
例えば、女性がより働きやすい設備の拡充や、社外の女性管理職とのメンタリング制度の導入によって、キャリア形成を支援します。また、女性だけでなく男性も子育てができるよう、ライフステージに合わせた働き方支援も一層充実させていかなければならないと考えています。
当社グループの持続的な成長のためには女性活躍推進のみならず、あらゆる多様性を包摂するDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の取り組みが不可欠です。個々のバックグラウンドや経験の多様性という観点から社会人採用の拡大も進めています。新たな価値を生み出すためには、異なる意見や視点による多様な価値観をぶつけ合うことも必要です。また、DX推進やルールの見直しによって業務や資格を軽くすることによって、より多くの人々が働ける環境に整えていきます。誰もが活躍できる会社をつくり、多様な人々が持つ個の力を最大化し、新たな価値を生み出すことで当社グループの成長につなげていきます。
人権DDの体制を拡充し実効性を高める
人権についての対策も重視しています。2023年度から「JR九州グループ人権及び企業倫理委員会」を設置し、人権デュー・ディリジェンス(DD)を実施しています。従業員やお客さま、地域の皆さまが人権問題等を相談できる通報窓口も設けました。通報者を特定できないよう情報管理を徹底し、事実確認を行ったうえで問題と判断した場合に救済措置を講じる仕組みです。窓口設置以降相談件数は増えており、実効性が高まっていると捉えています。
ESG「ガバナンス」への取り組み
独立性、透明性、実効性の高い取締役会へ
「G=ガバナンス」の現状についてですが、現在の取締役会の構成は、15名の取締役のうち8名が独立社外取締役です。監査等委員ではない取締役11名のうちの5名、監査等委員の取締役4名のうち3名が独立社外取締役で、監督の実効性を高め、経営の透明性を担保していると考えています。
また、女性取締役は5名で、比率で言えば全体の30%を超えています。いわゆる当社生え抜きの女性取締役もおり、女性執行役員も2名おります。
昨年、それぞれの取締役の専門的知見や経験を活かし、取締役会の機能をより発揮すべく、取締役のスキルセットを改定しました。各分野に知見のある社外取締役が有する多様な経験や専門性に基づき、より一層取締役会での議論が深められています。
こうした取り組みは、毎年実施している取締役会の実効性評価における検証に基づいて行っています。その成果を確認しながら、さらなる実効性向上に向けて今後も検証と改善を重ねていきます。
「資本コストと株価を意識した経営」の実行
撤退含めたポートフォリオ見直しを継続
2023年3月に東京証券取引所から要請があった「資本コストや株価を意識した経営」について、ここで当社の考え方を改めてお伝えします。
資本コストを常に意識し、資本収益性と市場評価を高めていくことは経営の重要課題だと認識しています。事業ポートフォリオに関しては、これまでも撤退も含めて見直しを絶え間なく行ってきました。資本収益性の参考値としてROE(自己資本利益率)を掲げていますが、2023年度は9.1%と、現時点で目標の8%を超えています。今後どういった水準を目指すか、資本市場の皆さまとの建設的な対話に取り組みながら社内での検討を深め、次期中期経営計画で考えをお示ししたいと考えています。
情報開示の解像度を高める
株主、投資家の皆さまとのコミュニケーションはとても大切なものです。これまでも機関投資家、アナリスト、個人投資家、それぞれの皆さまを対象にした対話の場を年間200回以上設け、CEOである社長とCFOである私が中心となって、対話させていただいています。得られた意見は取締役会にフィードバックし、経営施策のブラッシュアップに活かしています。
例えば、取締役会のスキルセット改定も投資家の皆さまの声に対応したものです。ESGの取り組みについてのご意見も多く、「スコープ1」でのCO2排出削減に向けたバイオディーゼル燃料の実証実験も欧州における投資家のご意見を反映させました。
こうした中で大切なのは情報開示の充実です。「非財務価値をいかに財務価値につなげていくのか」といったご質問も増えており、より解像度の高い、わかりやすい情報を開示していくことが重要と考え、その方法を検討しています。
外部環境への対応と今後の方向性
トップラインを上げる機会
足元の経済情勢は本格的なインフレ時代が到来し、慢性的な人手不足は今後も続いていくでしょう。当社グループの事業を見れば、建設コストや資材コスト、労務費の上昇が続いています。同時に金利も、緩やかながら上昇局面にあります。
当然コストの動向は注視しなければなりませんが、一方で、お客さまに満足いただける商品・サービスを提供しそれに応じた適切な価格設定を行い、トップラインを上昇させる機会と捉えることもできます。
鉄道では、2024年4月に国土交通省が「収入原価算定要領」を見直しました。これで一定程度、経営の実情にあった適切な運賃・料金の設定が可能になったと考えています。改正された要領に沿って収入・原価を試算した結果、運賃改定が可能になったことから、2024年7月に運賃・料金の上限を引き上げる認可申請を行いました。
現在国の審査が行われているところですが、認可されれば2025年4月の運賃改定を予定しております。運賃改定により見込まれるキャッシュフローの改善は、安全基盤の強化とお客さまサービスの向上など、当社のサステナブルな成長に活かしていきます。
人口減でも沿線人口を増やす
中長期の社会の変化で言えば、日本全体で人口減少の流れが止まりません。九州ではより一層その状況は続きますが、その中で当社が本社を構える福岡市は「日本一元気な都市」と言われ、人口増加数は全国一で、若者の比率も日本一高く、街の再開発も進み、起業数も多く、九州全体を牽引する力を持っています。
九州全域を見渡してみても、各県の核となる都市が程よい距離で位置しています。今後はコンパクトシティ化の流れが進み、駅周辺の都心部への人口集積が想定され、当社グループが目指す交通ネットワークを基軸とした「住みたい、働きたい、訪れたい」まちづくりによって、沿線人口を増やすチャンスでもあります。
また、海外からのインバウンドのお客さまや投資の流れも九州には来ています。インバウンドのお客さまは、既にコロナ禍前を超えています。昨年価格を改定した九州レールパスの売れ行きに鈍りはありません。今後は福岡空港の滑走路増設が計画されるなど、さらにインバウンド拡大に追い風が吹きます。
また、九州はアジアに近く、全国的にみても比較的電力料金は安価です。熊本県に台湾のTSMCが進出したように製造業を呼び込む力があります。さらに、福岡市が「金融・資産運用特区」に指定されたことにより海外の金融機関等の進出も期待できます。
変化を逃さない
こうしたインフレやまちづくりの進行、海外からの人流や投資といった変化を逃さないことが当社グループに大切なことです。適正な価格設定でトップラインを上げてキャッシュフローを改善する。まちづくりなどで九州の魅力を高める施策を推進する。そして、社員にしっかりと報い、株主さまへの安定的な還元を果たしていく。それが結果的に当社グループの成長につながると考えています。
ワクワクするような地域の未来の姿を描き、その姿を実現する。そのために社員一丸となり、様々なことに積極果敢に挑戦し、地域の元気をつくっていきます。
