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最大の財産は「人」、
「JR九州の社員で良かった」
と思える企業グループに

代表取締役社長 執行役員古宮 洋二

JR九州グループ
中期経営計画2022-2024の進捗

目標達成を実感 課題は「人の移動」

 2022年度にスタートした「JR九州グループ中期経営計画2022-2024」が今年、最終年度を迎えました。2023年度は、特に重点戦略の一つとして掲げた豊かなまちづくりモデルの創造のうち、西九州新幹線の開業(2022年9月)とJR長崎駅ビルの開業で沿線利用の需要や長崎駅周辺地域のにぎわいを生み出し、当初の業績目標を達成することができました。2024年度は、新人事賃金制度のスタートに伴う社員の待遇改善による人件費の上昇などはあるものの、インバウンドが新型コロナウイルス感染症拡大以前の水準を上回る活況で、また物流不動産事業などの新規事業も拡大し、営業収益4,400億円、営業利益570億円などの中計目標値を達成できると実感しています。
 数字上の業績はコロナ禍前の水準へと回復しましたが、懸念材料は鉄道を利用されるお客さまの数がコロナ禍前の95%程度にとどまったまま、ということです。海外からのお客さまは増えているのですが、平日のビジネスでの利用者数が伸び悩んでいます。オンライン会議の定着などが最大の要因でしょう。徐々に街中での会合や催事なども増えていますが、「いずれコロナ禍前に戻る」という楽観論は捨てました。各種イベントやダイナミックプライシングの試行、D&S(デザイン&ストーリー)列車の企画など、人の移動を促す仕掛けを積極的に展開し、95%の水準でも収益を維持拡大できる施策を検討していかなければいけないと考えています。

あるべき姿、経営理念への“おもい”

経営者の責務は「社員のやりがい」創出

 2022年度にCEOに就任して3年目を迎え、コロナ禍を経て改めて感じるのは、JR九州グループの最大の財産は「人」だということです。今後の事業戦略はもちろん重要ですが、CEOとしての最大の責務は、社員が九州を元気にするために働くことの意義や、重要な役割を担っていることを理解し、「JR九州の社員で良かった」と思える企業グループにすることだと考えています。
 コロナ禍では、賞与の大幅削減などを実施しました。鉄道事業を存続させるために大胆な施策も実施し、時にメディアなどに批判されることもありました。そんな状況下で「会社がどこに向かっているのかがわからない」との不満を抱え、会社を去った社員もいました。
 私がCEOに就任して最初に実施したのは給与の引き上げでした。これは就任前から「必ず真っ先にやる」と決めていた施策でした。まずは厳しい時代を耐えてくれた社員に報い、会社と社員との間にできてしまった溝を埋めていくという姿勢を、明確に見せる必要があったからです。
 社員と直接対話する機会も設けました。中には会社に対する不満を真正面からぶつけてくる社員もいましたが、現場の社員と経営トップが言葉をぶつけ合える環境こそ、これからのJR九州グループには必要だと身をもって感じました。オンライン会議も便利ですが大切な議論は、直接顔を合わせて対話し、人と人とのつながりを戻していこうと伝えています。
 一方、コロナ禍を経て、多くの社員がたくましく成長してくれたのも事実です。職場の異動などで環境が変わったことが、今まで気づかなかったJR九州での仕事の価値をあらためて認識するきっかけになったのです。「これまでの自分が、どれだけ恵まれていたのかに気付いた」「自分がどれほど社会にとって重要な役割を担っていたのか再認識した」との声もありました。会社にも、社員にも苦しい時期でしたが、今となっては価値のある時間だったと思っています。

「あるべき姿」について今一度議論

 私は年度初めの挨拶で、社員に対して「社員全員が主役」との言葉とともに、「一人ひとりが自ら考え、九州の将来を積極果敢に切り拓いていってほしい」と訴えました。もはやコロナを言い訳にしてはいけない。九州を元気にするという長期ビジョンをやり遂げる責務が、社員一人ひとりにある、というメッセージを強く伝えたかったのです。
 私が今、不安に感じているのは、経営層のおもいが、社員の心にどこまで届いているのかということです。そこで10年以上前から経営理念として掲げている「あるべき姿」と、社員に大切にしてほしい3つの「おこない」を見直す検討も始めました。
 私たちのホームグラウンドは九州であり、もちろん「九州とともに」という理念そのものの方向性は変えるつもりはありません。そのうえで、もっと社員の心に響くメッセージに変える必要があるのではないか、と感じています。「あるべき姿」では「安全とサービスを基盤として九州、日本、そしてアジアを元気にする企業グループ」とし、3つの「おこない」は「誠実」「成長と進化」「地域を元気に」を掲げています。これらを、もっと時代の変化やJR九州の事業構造などの実態に合わせた形で表現できないか、知恵を絞っています。考え抜いたうえで、「変えない」という判断もあると思っています。
 私は経営する立場として「言葉」の重みを強く感じています。特に不確実な社会の中で、社員を含むすべてのステークホルダーの皆さまに対し「強く」「明確に」伝える言葉の重要性が増していると感じます。メッセージを発する側は「伝わってくれ」と願うしかない。その意味で私は、「思い」や「想い」 ではなく「おもい」の字を使っています。

2030年長期ビジョンと次期中期経営計画

「第3の柱」を見定める

 2030年の長期ビジョンでは、営業収益6,000億円/営業利益700億円の企業グループにすると宣言しました。九州に必要とされる企業として、今後どのような成長戦略を描くのか。新たな次期中期経営計画で、その道筋を明確に示さなくてはなりません。
 現在、次期中計の策定を進めているところですが、最終年度である2027年度には2030年のゴールが具体的に見える状態にする必要があります。そのためには、現状の「鉄道」と「不動産・ホテル」という主力2事業に加えて、「第3の柱」となる事業の方向性を定めなければなりません。
 様々な角度から検討していますが、現中計で種を蒔き、育ててきた物流不動産や建設事業などの「人の移動に依存しない」事業をしっかりと育てることはもちろん、M&Aなども含めた大胆な戦略も必要になるでしょう。経営者として大きな決断が求められるタイミングにあると認識しています。

外部環境の変化を新たなビジネスへ

 コロナ禍は収束しても、経営を取り巻く外部環境は大きく変わり続けています。インフレの到来でモノの値段が上昇し、人口減少は止まりません。気候変動による自然災害のリスクは今後も増大していきます。こうした外部環境の変化は大きな経営リスクではありますが、新たなビジネスを生み出す好機でもあると考えています。
 例えば、九州では熊本県に台湾の半導体大手「TSMC」が進出したことが、当社グループにとっても大きなプラス要因です。沿線に新駅を設置するほか、半導体関連産業の需要に対応した物流不動産事業の進出も検討しております。今後は台湾からの駐在者向けの住宅整備等を行っていくことも考えられるかもしれません。

九州のサステナブルな成長を目指して

 私たちがビジョンを描く時、九州の存在は不可欠です。九州の発展は私たちにとっての使命であり、使命を果たすには当社グループ自身がサステナブルに成長することが重要です。そのために、様々な戦略を実行していきます。

地域と連携した活気のあるまちづくり

 まずは、現中計で力を入れている「豊かなまちづくり」事業を引き続き推進していきます。これまでは、例えば博多駅周辺や長崎駅前など限定的なエリアでのプロジェクトがほとんどでしたが、もう少し範囲を広げて新しい「コンパクトシティ」のようなイメージのまちづくりを進めたいと考えています。
 すでに福岡市周辺の市町と連携協定を結び、新しいまちの機能について話し合っています。子育て世代が多く住む粕屋町では、駅と隣接した保育園が非常に便利で人気があるそうです。町内に6つの駅がある粕屋町の交通利便性の高さを活かし、駅近傍に都市機能を配置することで、誰もが便利に生活を送ることのできるまちを検討していきます。また、バリアフリーなまちづくりの研究も進めていきます。同じく福岡市近隣の篠栗町などとは「パーク&ライド」構想も推進していきます。福岡市中心地に向かう道路は、通勤ラッシュ時の交通渋滞が深刻化しています。鉄道を利用してもらうことで、渋滞緩和を図ることができますし、環境負荷低減にもつながります。また、パーク&ライドを推進することで、住む場所の自由度も高くなり、地域の活性化にもつながります。このように自治体や地元企業と連携を深め、人口減少時代でも活気のあるまちづくりを進めていきます。
 一方、都市部から離れたローカル線沿線の定住人口の減少は私どもの力で止めることはできません。鉄道を利用されるお客さまも減っており、当社としてはインバウンド需要の創出などで貢献していきながら、地域の皆さまとは今後の交通網のあり方を鉄道の存廃を前提にせず、幅広い形で議論を進めたいと考えています。

地域の特性にあった持続可能な交通網

 既存のローカル線は駅間の距離が長く、多くのお客さまにとっては、ご自宅から最寄駅までが遠くなってしまうことが鉄道利用の低下につながっていると認識しています。その点、バス輸送は短い距離に停車場を置くことができ、地域のニーズにあった移動手段の一つとすることができます。実際に導入した日田彦山線「BRT(バス高速輸送システム)ひこぼしライン」では、利用者数は鉄道が走っていたときよりも増加しています。BRTに限らず、地域の特性にあった持続可能な交通網を地域の皆さまと考えてまいります。

 鉄道事業は、全国平均を上回る九州地区の人口減少に加え、激甚化する災害への対応もあり、厳しい経営状況が続いています。これまで社員全員で知恵を絞り、固定費削減などを積み上げて対応してきましたが、今年4月1日の国土交通省による収入原価算定要領の一部改正を受け、2025年4月1日実施予定の運賃改定に向けて、7月19日に国土交通大臣宛に上限変更の認可を申請いたしました。
 改定による収入増は、鉄道事業の安全・安心の徹底、顧客サービスの維持向上、老朽化した車両・設備の更新や長寿命化はもとより、社員の待遇や職場環境の改善に充当し、持続可能な輸送サービスを提供してまいりたいと考えています。

ESG課題への取り組み

環境課題をビジネスの機会につなげる

 環境対応を企業の重要な責務と認識し、様々な取り組みを実施していますが、当社グループでは環境課題をビジネスの機会に転換する挑戦を行っています。
 昨年、鉄道沿線地を活用し、電気自動車(EV)のリユースバッテリーを使用した蓄電ステーションを熊本県熊本市に整備しました。太陽光や風力などの変動性のある再生可能エネルギーの需給調整役としての役割を果たし、九州における再エネの普及拡大に寄与していきたいと考えています。また、災害発生時における電力供給機能も有しており、この点も評価されています。蓄電事業には「電気主任技術者」という資格者が必要で、当社グループには鉄道事業でこの資格を持つ社員が数多く在籍しています。社員のスキルを活かせる新規事業ですので、資格保有者という人的資本における強みを活かした事業領域の拡大であると言えます。
 また、限りある資源の活用を一方通行ではなく、循環の輪を形成していくということも解決すべき課題です。廃プラスチックの海洋投棄は世界的な問題となっており、使用を減らす対策のひとつとして、観光列車内で提供するお弁当のプラスチック利用を削減する取り組みも行っています。さらに、廃棄されるPETボトルについては、PETボトルの樹脂を再生し、再びPETボトルにリサイクルするプロジェクトを開始しました。JR九州グループの各駅や列車内、駅ビルなどで捨てられたPETボトルを回収し、リサイクル工場に供給しています。これによって循環型社会の実現に努めてまいります。これら環境課題に取り組むことでビジネス機会の創出につなげたいと考えています。

グループガバナンス強化で多角化を支える

 このように2030年長期ビジョンの実現のために積極的に事業を創出していく一方で、グループガバナンスの体制強化にも力を入れる必要があると考えています。各グループ会社が自ら監査できる体制を構築することはもちろん、それぞれのセグメント別に専門の知識を持つ人材を配置し、チェックできるようにしていかなければなりません。監査業務を任せられるマネジメント人材を育成していくことも、新規事業創出と同じように重要な経営課題だと認識しています。

「明るく楽しい会社」 をつくる

 人的資本の観点からは、JR九州で働くことの意義を感じてもらう施策にさらに力を入れていきます。昨年度から給与を段階的に引き上げましたが、まだまだ九州エリア内でも満足できる水準とはいえません。給与水準の引き上げは継続的に行い、高い目標にチャレンジした社員に報いる人事制度も展開してきます。
 また、「明るく楽しい会社づくりプロジェクト」と銘打ったプロジェクトも始動しました。すべての社員がいきいきと活躍できる会社を目指すもので、「インナーブランディングを念頭においた対話」と「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」を推進してまいります。
 インナーブランディングの取り組みでは、例えば社員の頑張りを讃え、自らの仕事に誇りが持てるようなテレビCMも放映しました。もともとは対外的な企業ブランディングを目的としていましたが、社員のやりがいを取り戻すことが経営の重要課題と判断して趣向を変えることとしました。今後もテレビCMをはじめ、インナーブランディングを意識した情報発信を展開してまいります。

多様な価値観を認め合える企業に

 DE&Iでは対話型の研修を徹底し、日頃の「思い込み」に気付き、お互いを理解し合い多様な価値観を認め合える職場づくりを目指しています。
 これまでも職場の異なる社員を集めて対話する機会を設けることで 、お互いの理解を深め、他の職場の良い部分を取り込む研修をしてきましたが、DE&Iという切り口で改めて向き合ってみることで、社員の意識も変わっていくと期待しています。多様な人材が活躍できる組織へと進化させることで、優秀な人材の獲得にもつなげ、ひいては会社全体の成長にもつなげていきたいと考えています。
 社員が自ら新規事業を提案し事業を創出していく「HIRAMEKI」プロジェクトも強化しました。募集から役員プレゼンまでの期間を延長し、ワークショップの開催や事業構想大学院大学の研修受講など、学びの機会を増やしました。社員の発想から将来のJR九州を牽引する事業が生まれることを期待しています。

ステークホルダーの皆さまへ

九州のために。強い気持ちで前に進みます

 最近、国内外の投資家の皆さまをはじめ、多くのステークホルダーの皆さまから、持続可能な社会の構築にどのように貢献していくのかについて、厳しいご質問やご意見をいただいております。地球温暖化対策をこれまで以上に推進し、運賃改定による増収分を、近年激甚化する自然災害への対応や環境性能が大幅に向上した次世代型車両への置換え等に充当することで、安全・安心・環境効率のさらなる追求を進めてまいります。また九州の魅力を高めるサステナブルなまちづくりにも積極的に取り組んでいきます。
こうした課題と向き合いながらSDGsの掲げる目標達成に貢献していくためにも、企業価値と社会価値を創造するESG経営を推進してまいります。

 JR九州という企業の「成長ストーリー」は、コロナ禍の影響を受け一度は途絶えてしまいましたが、再び復活して歩み始めました。人口減少や気候変動による自然災害など進む道は険しいかもしれませんが、強く、前を向いて九州を元気にする事業活動を中長期で展開し、企業としても確実に成長してまいります。