「巨大な花崗岩の一枚岩がどこまでもつづいている。その上を勢いよく水が流れ、何万年もかけて岩を削ってきた。流体の複雑な動きにしたがって岩が削れ、あらゆる優美な曲線をもった巨大な彫刻になっている。水は幾すじにも分かれ、あるところでは小さな滝、あるところではごく細いが深くえぐれた回廊を作り、またあるところでは岩の表面全体を濡らすような浅く広い流れとなって、その先でまた合流し、また分かれ、水音のあらゆるパターンがこの一帯にひろがり、それらが同時に聞こえる体験したことのないオーケストレーションが渓谷をみたし、秋の明るい日射しがふりそそぎ、気持ちのいい風が吹いている。 」
管啓次郎『嵐のあとの渓谷へ』(2018)