ekiniko

南久留米駅

福岡県久留米市野中町の街なかにひっそりとたたずむ無人の小さな木造駅舎。南久留米駅は1928(昭和3)年12月24日に開業しました。
それから96年後の2024(令和6)年12月24日、小さな駅事務室は「Share Kitchen Minamikurume」へと生まれ変わります。

10坪の駅事務室をシェアキッチンに!

ekinicoの活動は、当初「えきづくりワーキング」という名称でした。駅舎や支社建物・事務所の新設や改良設計、工事発注などのハード整備や建物メンテナンスが主業務の鉄道建築チームでは、駅を点検する中で、無人駅の駅事務室をうまく活用して賑わいづくりができないかと考えるようになりました。
いくつかの駅のなかで候補にあがった1つが南久留米駅。乗降人数がとても少なく、無人駅となりましたが、周辺は久留米の中心市街地にほど近く、駅舎自体も規模は当初の1/3程に縮小されたものの、まだまだ建設当初の時間に磨き上げられた部材を多く残す趣のある駅でした。
駅事務室自体は10坪とかなり小さい。一方で、盛土構造の線路が印象的で、ホームから屋根を見晴らせたり、中庭のような空間や味のある下屋、天井にあしらわれた六芒星など、他の駅にはないポテンシャルがこの南久留米駅には数多くありました。
(ここをうまく使えないかな。)悩んでいた最中、博多駅長から田主丸のフレンチの名店、Spoon井上氏の話を聞きました。「そういえば、井上さんがスイーツのお店を出したがっていたよ。」2023年秋でした。早速アポを取り、お店へ。昭和3年の歴史ある駅舎にフレンチの名店。―――面白い。

それから現地視察など打合せを重ねましたが、秋から冬にかけてのこの時期は無人駅がより一層人気のないものさみしい空間に見え12月末には出店が難しいという雰囲気の連絡をいただきました。
2024年1月17日の打合せの中で正式に断念したいとの申し出がありましたが、「どのへんが難しいですか?解決できそうなものは一緒に解決しましょう。」と尋ねると、「色々ありますが、一番大きいのは人が来る気がやっぱりしないんです。初期投資のリスクがやはり厳しいと感じました。お客さんがたくさん来てくれるイメ ージがどうしても湧かないんですよ。いい雰囲気ではあると思うんですけどね。」「―――では、そのリスクが減らせればチャンスはありますか?例えばシェアキッチン。曜日ごとに違うお店に出店してもらえば家賃も安くなるし、お客さまからしても毎日違うお店が近くに来たらきっと嬉しいはず。」「シェアキッチンですか、・・・それなら、やれそうな気がしますね。検討してみましょう!!」
南久留米駅のシェアキッチンプロジェクトはSpoon井上さんを柱にゆっくりと始まっていきました。

久留米大学のプロジェクトチーム

いくつかの出店事業者の方々と、現状の南久留米駅の問題点を話しあっていた。「奥まった場所にあって人が寄り付かないイメージ。」「もっと知名度というか、人が集まっているイメージが持てるとイイよね。」ちょうど2023年末頃に地元久留米大学の学生達がゼミで久留米大学前駅をテーマに活性化プランの発表をやっていたことを思い出し、授業を担当されていた酒井准教授を久留米駅長に紹介してもらった。

「せっかくならリアルでやりませんか?南久留米駅ですけど。賑わいづくり。スタートは南久留米、それから軌道に乗れば久大線全線を睨んだ活性化を目指す―――。」
酒井准教授は即座に快諾。4月の新学期を待って新2年生~4年生10名の学生プロジェクトチームを結成してくださいました。学生主体で年間を通じたイベント計画や開業イベントでのコンテンツなどを定期的に打合せしています。

開業イベントの装飾として学生チームから竹灯篭づくりの提案がありました。学生チームが高良山竹林研究所にアプローチをし、竹を分けていただいたうえに、研究所の方々が大学まで足を運び、丸のこで竹をカットして くれました。何かアクションを起こすことで、新たな繋がりが生まれています。

Share Kitchen

出店者のみなさま

無人駅の小さな小さなシェアキッチンで持続的に商売を続けるのはやはり大変。そこにチャレンジしていただく出店者さまはいずれも人気店。都会で出店すれば行列間違いなしなのですが、みなさまは今回のプロジェクト に賛同してくださり、敢えてこの無人駅の活性化に一緒に取り組みます。

Restaurant Spoon
(土曜日・日曜日)

今回のプロジェクトのきっかけとなった久留米市東部の田主丸町にあるコース料理専門店「Restaurant Spoon」。
開業して12年、一期一会のお料理を提供している。また店舗監修や商品開発、SDGsな取り組みなど、精力的に活動しています。今回のプロジェクトが始動する中で、十数回にも渡り、南久留米駅で試験販売を実施し、近隣の方々を中心としたファンづくりや、場の機運を高めていただいています。気が付けば行列ができ、開始30分で完売する日も度々。そんな人気店がいよいよ定期で入ります。

井上さん

地元が諏訪野町でありますので、南久留米駅は学生時代から利用していました。今回このよう場プロジェクトにお声かけいただきまして、ご縁であり、地元である私の使命なのでは?と思えました。地域の皆さまのお声をお伺いして反映させながら他の出店者さまやJR九州さまと、この歴史ある南久留米駅の新たな魅力を切り開いていきたいと思います。

KIRITO COFFEE ROASTERS
(月曜日)

うきは市でインドネシア産マンデリン豆の専門店を営んでいます。煎りたての珈琲豆の販売はもちろんのこと、 うきはの湧水で洗い焙煎したコーヒーや、地元の搾りたて低温殺菌牛乳を使用したカフェオレ、コーヒーに合わせた焼き菓子等を楽しめる喫茶も営業中です。 お一人・お一人の、暮らしの余白に寄り添う一杯の豊かさをお届けしています。

濵さん

画家だった父が足繫く通った石橋文化センター。
いつも南久留米駅が家族の待ち合わせ場所でした。懐かしい気持ちと地域への感謝を込めた一杯をご提供致します。

AROI
(木曜日)

福岡県筑後市に2022年春にオープンしたタイ料理を中心とするアジアンレストラン。
AROI(アロイ)とはタイ語で「美味しい!」という意味。お客さまに「アロイ!!!」と言ってもらえるようなお店を目指し開業。
シェフはオーストラリア人シェフのJosh Hartland氏。Chef Joshは20年以上料理人としての経験を持ち、有名イタリアンから始まり、タイ料理に魅了され10年前にタイ料理の世界へ飛びこむ。その後はイタリアン料理の経験も活かし様々な場所で料理人として働く。日本には3年前に来日。筑後地方の野菜や魚をはじめとした食材の美味しさに驚かされ、是非筑後地方の食材を使いフレッシュで食べたことのないようなタイ料理を提供している。フレッシュなハーブを使いすべて一から作る料理は絶品。Veganタイ料理、ベジタリアンメニュー、グルテンフリー、アレルギーにも対応している。

Chef Josh さん

日本にはまだ知られていないタイ料理の奥深さや新鮮さ、新しい味をぜひ筑後地方の食材を使い皆さまに食べていただきたい。タイ料理=辛い・臭いという印象が多いが、フレッシュな季節の野菜を使いハーブをたくさん使うタイ料理は体にもよく、食べたことのない世界を提供できると思い、久留米での新しい出会いを待っています。日本に来て初めて飲んだ筑後地方のお酒やワインもおいしいのでぜひ一緒に合わせて飲んでもらいたいです。

KANADE YAN CURRY
(金曜日)

20種類以上のスパイスを使った、芳醇かつ奥深い味わい。辛さは控えめながらもそれぞれのスパイスが織りなす複雑なハーモニーが楽しめます。野菜のうまみとスパイスの香りが一体となり、口の中に広がる幸福感。身体も心も温まる、優しいスパイスカレーです。

内堀さん

出店される皆さまと一緒にこのプロジェクトを成功させたいです。それぞれの持ち味を生かし、互いを尊重しあいながらお客さまに楽しんでいただけるようなシェアキッチンにしたいと思います。
Episode1

JR南久留米駅での取組み
(優和恵さん、久留米大学 JR ekinicoプロジェクトチームの皆さん)

JR南久留米駅では、ekinicoの出店者以外にも多くの方に関わっていただいています。駅名標や暖簾の書を手がけ、開業イベント時にライブパフォーマンスを行った書家の優和恵さんにお話をお伺いしました。

ekinicoに参加したきっかけ

もともと久大本線沿線の筑後吉井や田主丸の周辺が好きで、佐世保からよく通っていた優和さん。その中で、久留米市田主丸町のフレンチレストランSpoon(スプーン)の井上シェフと出会い、交流を続けていました。ある日、SpoonのSNSで優和さんの書を見たJR九州の担当者から「駅名標の書を書いていただけないか」と連絡が入ります。最初は驚いたそうですが、すぐに快諾しました。その時の想いをこう振り返ります。「SpoonさんやJR九州さんは、地域の食材や駅舎の空きスペースを活かして、まちの活性につなげたいという強い想いをお持ちです。その『活かす』という言葉が私の中で繋がった気がしました。まちを『活かす』ためのメンバーに参加出来ることが嬉しくて、すぐに『やります』と答えました」

南久留米駅と筑後吉井駅の駅名標の文字やのれんに込めた想い

柔和なイメージの優和さんですが、駅名標にある「南久留米駅」の文字は力強くダイナミックに描かれています。それは、久留米の歴史に由来しているそう。
戦時中、この駅から多くの人が戦場に向かったこと、そして、久留米市はものづくりの町であることを知り、その方々はもちろん、彼らを支える女性達にも思いを馳せ、久留米はとても力強い町だと感じたそうです。「戦後も一生懸命働いて、久留米市の歴史を築いてきた人々を思いながら書を書いていたら、線が太くなってきたのかもしれません」と語ってくれました。
また、南久留米駅には象徴的な暖簾があり、そこに優和さんの書が染め抜かれています。「駅舎には、日替わりで出店者の方が入られると聞いたので、暖簾の文字は駅に溶け込むように心がけました。その後、出来上がった暖簾を見て、職人さんの手が入るとこんなに文字が生きるんだな、と感動しました」
続いて、筑後吉井駅の駅名標も書くことになった優和さん。彼女にとって、筑後吉井は、時間がゆっくり流れ、ほっと出来る場所だそうです。書について、彼女は「白壁のある街並みなど、南久留米とは異なる雰囲気をもっていますが、駅名標は、読みやすいことや他の駅との統一感も重要なので、南久留米駅よりも若干柔らかく書きました」と話します。

ライブパフォーマンスについて

2024年12月の南久留米駅の開業イベントで書のライブパフォーマンスを行った優和さん。久留米の礎を築いてきた職人達と彼らを支えた女性達に対する感謝の言葉を7mの紙に描きました。優和さんは、その時の様子をこう語ります。「私にとってパフォーマンスは、土地に捧げる奉納のような思いがあるので、「書く」というよりも、「書かせていただく」という気持ちで挑みました。パフォーマンス中に駅舎に光が差し込んできた時は、無人だった駅に人が集まり、場所が喜んでいると感じました。それは喜びのエネルギーをもらいながら書を書かせていただく、幸せな時間になりました」。
「活かす」という部分に共感し、このekinicoに参加してくださった優和さん。今後も南久留米駅が活かされ、そこに関わる人達が生き生きと生活して欲しいと希望を語ってくれました。

優和恵/書家
長崎県佐世保市にアトリエを構え、従来にない独自の作風で書の世界を創り出している。2024年 5 月、佐世保市内に優和恵展示室をオープンし書の持つ魅力を発信中。
https://yuwanomegumi.com/
Episode2

久留米大学のJR ekinicoプロジェクトチームは、南久留米駅の開業イベントを皮切りに、年間を通じた駅のイベント企画に関わっています。

本プロジェクトを率いる准教授の酒井先生、そして、開業イベントに参加した大学3年生の蔦 穂乃香さん、原口亜子さん、佐藤菜保さん、木吉凛さんにお話を伺いました。

ekinicoに参加したきっかけ

本プロジェクトが始まったのは2024年。酒井先生が担当するキャリア形成の授業の一環として、JR九州に対し無人駅の活性化の企画提案を行い、その提案書を見た建築チームから、南久留米駅で実践的にやりませんか?と声がかかったことがきっかけです。学生が企業に企画提案をする機会はあるけれど、実現する機会はなかなかない。学生が社会とつながる契機になる上に、JR九州と協働出来ることは、学生にとって多くの学びと経験につながると思い、開業イベントに向けてekinicoプロジェクトチームを結成しました。
学生達がプロジェクトに参加した理由もさまざま。企業に企画を提案するのが楽しそうというものから、大学生活で頑張れることを見つけたい、自分の専攻以外に視野を広げたい、久大本線は地元の大分県と所縁があるから、などが挙がりました。

ekinicoでの学び

学生達は、提案した企画の中から実現の可否をチェックしながら採用するものを絞り、高良山で放置された竹林の竹を使用した竹灯篭による会場装飾、久留米絣の端切れを使用したクリスマスオーナメントのワークショップ、バルーンアーティストのパフォーマンスの3企画を実現に向けて進めていきました。外部の協力者と交渉しながら、自分たちの企画を形にしたのは、達成感につながったのではないでしょうか。と酒井先生は話します。
一方、学生達は、慣れないことだらけで大変だったと振り返ります。言われたことをやるのではなく、企画側にまわり自分で考えて動くこと自体が初めて。「春のイベントでは告知が不十分で集客につながらなかった」「予算、経費、利益管理など今まで触れたことがないことをいきなりやることになり、調整がうまくいかなかった」など、反省の言葉も多く出ていましたが、最終的には「勉強になった」「新しいことを経験出来て楽しかった」と口を揃えて言っていました。
今回の経験について、学生達は「地域を持続的に発展させていくような仕事に役立てたい」「今後も地域とつながる活動を続けていきたい」「多くの人とのコミュニケーション方法や、企画力を仕事に生かしていきたい」と話しています。
プロジェクトを率いる酒井先生は、今後についてこう語ります。「このプロジェクトは、継続させないと意味がないと考えています。今年も1年生14名が新たに加わり、現在、18名で運営しています。まちが面白くないと、学生もそこに行きたいと思わない。卒業生やこれから来る学生にとっても、久留米市は『住みやすい』『味のあるまちだ』と思ってもらいたい。久留米大学は、久留米というまちにある以上、まちと一心同体だと考えています」
久留米大学 JR ekinicoプロジェクト
Instagram @kucareer2024 (久留米大学キャリア教育・プロジェクト)
2023年度に久留米大学キャリア教育の授業から始まり、2024年度から学生7名で地域プロジェクトとして活動を開始。南久留米駅が、無人駅でありながら人々が集うにぎわいのある魅力的な場所になることを目指し、JR九州の建築チームや地域の人々と共に取り組みを続けている。