2024年11月23日、JR荒尾駅の旧事務室をリノベーションした新しいコミュニティスペース「あらおリビング」がオープンしました。誰でも利用できる駅の待合室として、中にはカフェも併設。美味しいコーヒーやお買い物を楽しめるだけでなく、勉強やくつろぎの場としても気軽に立ち寄れます。
この場所は、JR九州、荒尾市、一般社団法人のあそびlaboの3者が連携し、駅舎内の遊休スペースを活用して誕生しました。駅と周辺エリアの活性化を目指し、多様な人々が試行錯誤を重ねながら完成させた空間です。
行政と民間事業者の3者は、それぞれどのような役割を担い、どのようなプロセスを経てこの場を形作ってきたのでしょうか。そして、駅舎を取り巻くまちや人々にはどんな変化が生まれたのか。関わる人たちにお話を伺いました。

旧駅事務室をリノベーションした
新しいコミュニティスペース「あらおリビング」
JR九州×まちのプレイヤー×行政、3者が協働する駅舎活用のはじまり。
荒尾市は、人口約5万人を擁する熊本県最北端のまち。かつて福岡県大牟田市とともに炭鉱のまちとして栄えましたが、近年は商業施設の閉鎖や人通りの減少が目立ち、駅周辺の空き店舗も増加。駅周辺にはコンビニもなく、駅舎内にもテナントがない状況でした。さらに、JR荒尾駅は営業体制の変更により一部時間帯が無人駅となり、使われていないスペースが発生。駅舎の老朽化も進み、将来的な建て替えの議論も始まっていました。
そこでJR九州 工務部設備課は、駅舎の遊休スペースを有効活用し、駅に求められる機能を探る取り組みを始めることになりました。

荒尾駅の開業は1912年(大正元年)、
当初の駅名は「万田駅」。
現在の駅舎は2代目で、1945年3月に改築されたもの。
のあそびlaboは、アウトドア活動を軸に次世代に継承できる地域づくりを目指し、2020年に荒尾市の開業医中村氏らによって立ち上げられました。自分たちの拠点づくりを兼ねて、荒尾駅前の元ビジネスホテルをDIYリノベによって多用途宿泊施設「のあそびlodge」として再生したことがきっかけで、荒尾駅前のにぎわいづくり活動に取り組むようになります。

(左)2020年にオープンした多用途宿泊施設「のあそびlodge」。荒尾駅から徒歩1分ほどの場所に位置する。
(右)のあそびlaboの中村 光成さん。
そして駅に隣接する「駅前プロローグ広場」での “のあそび” を満喫できるイベント「のあそびマルシェ」などの活動を通して、駅舎の遊休スペースを活用したいと考えていたJR九州の担当者と出会い、駅舎活用に一緒に取り組むことになりました。


のあそびマルシェ
また、荒尾駅から徒歩5分ほど西に進んだエリアでは、2026年に荒尾競馬場跡地の再開発による新しいまち「あらお海陽スマートタウン」が開業予定。今年2月に大型スーパーがオープンしたほか、令和8年6月には道の駅のオープンも控えています。それに伴い荒尾市では、あらお海陽スマートタウンと駅周辺の両拠点を回遊する人の流れを生み出していくために、2023年から「荒尾駅前活性化プロジェクト」を開始。JR九州、のあそびlaboと協働し、駅舎活用に取り組むことになりました。

荒尾市役所 地域振興部 産業振興課の垂水さん
こうして3者の活動と想いが重なり、荒尾駅舎の利活用プロジェクトが進められていったのです。
駅の待合室を “のあそび空間” に。テスト活用でにぎわいを実感。
2022年度より「駅利活用検討会」を実施。周辺の事業者やまちづくり関係者と一緒に、駅舎でなにができるかイメージをふくらませる検討会を行いました。その中で出たアイディアをもとに協議し、駅の待合スペースを “のあそび空間” として演出してみることに。そして実際に、待合スペースに芝生を敷き、木製の机と椅子を設置する2日間限定でのテスト活用が実現。その結果、机と椅子を変えるだけでも駅の雰囲気が明るく変わることが分かりました。
「テスト活用をすれば、5分でも10分でも人が駅に滞在します。普段は通り過ぎるだけの場所だったのに、にぎわいが生まれることが少しずつ実感できました。」(中村さん)
その後、2回目のテスト活用では3日間限定の駅舎内臨時販売を行い、さらなる活用の可能性を探りました。


待合スペースをのあそび空間として演出し、臨時販売を実施したテスト活用2回目(2023年2月)
その後も、JR九州とのあそびlabo共同での駅前マルシェイベント開催や駅利活用の協議を重ねました。そして2024年に、駅舎の遊休スペースを「あらおリビング」と名付け、コミュニティスペースおよびホテルとして運営することが決まりました。駅周辺には宿泊施設が少ないこと、また駅舎に泊まれるというおもしろさから、のあそびlodgeの別室としてホテル運営してみようというアイディアが生まれたのです。(ホテル部分は、2025年度のオープンに向けて現在準備中です。)
コミュニティスペースは、のあそびlaboが荒尾市から委託を受け運営しています。待合室を兼ねて、中にはカフェ「&LOCALS インローカル1号店」がオープン。
「当初コミュニティスペースは、待合スペースとミニキッチンくらいの内容で考えていたんです。&LOCALSさん(※) にプロジェクトに参画いただいたことで、カフェ機能が充実したものへと発展してとてもありがたく思っています。」(中村さん)
(※) 福岡市内に4店舗を運営するカフェ&グローサリーショップ。「大濠公園」(福岡市)の中に本店を構える。
&LOCALSはJR九州からのオファーを受け、コミュニティスペースのデザインとカフェのメニュー開発を担当。&LOCALSでは、これまでの事業経験を活かし地域の方とタッグを組んで店舗を構える取り組みができないか検討しているところでした。
「改修前の駅舎を見た際、いわゆる「駅舎」という言葉が似合う佇まいで、時を経て醸し出す経年美化に惹かれました。この雰囲気を残しつつ、リノベーションの楽しさをお伝えしたいと思いました。」(&LOCALS 高倉さん)
カフェのデザインやメニューの企画について、打合せ時に中村さんから&LOCALS へ伝えたのは「のあそびらしさ、荒尾らしさを大切にしたい。駅舎の残せるところは残したい。」という想い。荒尾市の特産品である荒尾梨の木のベンチ、お隣のまちの特産品を使ったスイーツ「おとなりサンド」など、荒尾駅ならではのカフェスペースがつくられていきました。


カフェ内の梨の木のベンチ。
市民の人たちと一緒にDIYで作り上げた。

・八女抹茶(福岡県八女市)
・オーム乳業の牛乳(福岡県大牟田市)
・雲仙の焼き芋(長崎県)
など、おとなりのまちの食材を使った優しいスイーツ。
駅舎はまちの資産。旧事務室がまちのみんなのリビングへ。
そして2024年11月23日、ついに「あらおリビング」がオープン。 JR九州は駅舎設備の専門家として、荒尾市はプロジェクト管理や調整を行うマネジメント役として、のあそびlaboはJRと荒尾市と市民をつなぎ、コミュニティスペースとホテルの運営を担うまちの事業者として、3者それぞれの強みを活かした協働が形となりました。

左から:九州旅客鉄道(株)三浦熊本支社長、
(一社)のあそびlabo中村代表理事、
荒尾市浅田市長、九州旅客鉄道(株)工藤新玉名駅長
あらおリビングのオープン後、駅周辺にはさまざまな変化がありました。
「地元の人からありがとう、こういう所ができて嬉しいと声をかけてもらえて、私の方がとても嬉しく思っています。また、少し離れたエリアで事業をされていた事業者が荒尾駅近くに移転する動きもありました。荒尾駅周辺の活動が活発になっていることやあらお海陽スマートタウンの開発も見据えて、民間からもまちを盛り上げていきたいと言われていたことがとても印象的です。他の自治体や事業者さんからの視察もとても多く、驚いています。」
(荒尾市役所 垂水さん)


あらおリビングの内観
あらおリビングスタッフの吉田さんは、のあそびマルシェに出店していたことをきっかけに、中村さんから声をかけられカフェで働くことに。その他にも、荒尾市近郊でカレーの移動販売、店舗管理など、複数の仕事をしています。
「今はわざわざカフェを訪れてくれる方や、九州旅行の合間に立ち寄ってくれる方が多いですね。待合室として自由に使えるところなので、まちに開かれたコミュニケ―ションの場になってくれたら嬉しいです。試食会イベントや、個人でなにか活動をしている人がこの場に出店するとか、新しいアイディアはいろいろあるので積極的にやっていけたらと思っています。」(吉田さん)
場を耕す吉田さんのような存在がいることも、まちに根差す事業者が場の運営を行うことの強み。あらおリビングを起点に、いろんな人の流れが生まれそうです。

あらおリビングスタッフの吉田さん。不定期でご自身のカレーをカフェで販売することもある。
注目度が高まる中、荒尾市では今後の取り組みについて次なる構想が描かれています。
「行政は一歩後ろで見守り、民間事業者が主体となってまちづくり活動をやっていける仕組みをつくれたらなと思っています。そのための施策として「えきまち研究会※」を立ち上げました。のあそびlaboさんが先駆けとなり、新たなプレイヤー創出に繋がっていけばよいなと思います。まちのために必要だと思うことは当たり前にやる、という気持ちです。」(垂水さん)
※荒尾駅周辺エリアにおいてどのようにして人のにぎわいを生み出していくかを検討する会。
行政主導から、民間主導へ。駅舎活用の取り組みが、まち全体の意識を変えるきっかけとなるかもしれません。
最後に、中村さんに駅舎活用の可能性について伺いました。
「駅は、歴史的に交通の要所で人が集まる場所。駅舎活用とともに周辺ににぎわいを生み出せれば、結果的に駅自体にもにぎわいが生まれます。時代の流れとともに社会の状況も変わりますが、駅舎が残っている限り、時代とまちに合わせた活用方法があるはずだと思います。」(中村さん)

そのまちに合ったやり方で、一歩ずつ。ekinicoは、多様な事業者が協働し、駅舎をまちの資源として使いこなせる仕組みです。
荒尾の玄関口に生まれた、いろんな人たちの想いが詰まったみんなのリビング。ぜひ一度遊びにいらしてください。


「尊い生産と食卓をつなぐ」をコンセプトに、九州各地に眠る美味しくてカラダ喜ぶ食材を編集し、日々の食卓へ届けるカフェ&グローサリーショップ。「大濠公園」(福岡市)の中に本店を構え、福岡市内に4店舗を運営。あらおリビング外部アドバイザー(店舗運営サポート)として店舗デザインとメニュー開発に携わる。

のあそび(アウトドア活動)を軸に、人が自然の恵みに感謝し生活を営める社会を造り、前の世代から受け継いだ郷土をさらに豊かなものとし、次の世代に継承できる地域づくりを目指す団体。
2020年に元ビジネスホテルをDIYリノベで多用途宿泊施設「のあそびlodge」として再生。
2023年には荒尾市からの委託事業として「大石たばこ」のDIYリノベによる再生を実施。2024年、あらおリビングの運営を開始。